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2007年10月13日

シェリーワインとウイスキーの出会い

最近当店でもシェリーワインを飲まれるお客様が増えてきました。
本当に嬉しいことです。
さてそこで、そこで私がなぜこのシェリーワインの魅力に取り付かれていったかを少しお話いたします。

もともと私はシングルモルトウィスキーをこよなく愛し、他のお酒の知識は比率的にいいますと7:3ほどにモルトに偏っておりました。

ですが、やはりシングルモルトスコッチウィスキーといえばシェリー樽の存在は忘れることが出来ません。
そこで、シェリーワインとは何か?(ここ最近の傾向としてポートやマデイラ等の樽も使われますので今勉強中)という疑問を抱き調べ始めました。

・・・がしかし当時は情報量が少なく専門的な資料も無くてあるのは手元にあるバーテンダーズマニュアルやNBAのバーテンダー教本に載っている情報でしかなかったのです。

基本的なことは書いてありましたが、深く追求した説明が無くて余計に探究心が燃え始めました。

そんな時、当時のNBAの勉強会にてシェリーワインの講習会を行い現地のベネンシアドールの方と触れ合うことが出来て少し理解し始め、また興味をいっそう強く致しました。

そもそも樽がなぜ熟成に使われるようになったのは、よく知られている話として、当時のスコットランドがイギリスから麦芽税をかけられそれまで庶民の楽しみであったウィスキーに税金が掛かるようになり、徴税士から逃れる為に山奥や深い渓谷などに隠れて作られるようになった。
だがこの時にこの蒸留した命の水を隠す為に、樽を使いそれを隠したと言われています。
そして、いつの日か忘れ去られたのか、この樽を開けるとウイスキーは琥珀色になり、またえもいえぬ香りを発していたといわれます。

そしてこの樽とウィスキーの関係は切っても切れない関係になっていったといわれています。

当時イギリスは、スペインから大量のワインを輸入しておりました。特にこのワインの中で輸入されていたものはシェリーワインだったといわれています。

当時は、飛行機という交通手段ではなく航路を使い輸入をしていました。冷蔵施設もあるわけが無いので、アルコール添加をして劣化しにくいシェリーワインは、特に輸出には持ってこいだったといわれています。(もともとシェリーワインのアルコール添加は、輸出用にするためアルコール度数を上げることにより劣化を防いだことから始まったそうです。)

そして、大量のシェリーワインの空樽はウィスキーの熟成に使われるようになり、
より芳醇で琥珀色したウィスキーをつくるゆりかごとなっていったそうです。

僕の予想ですがこの時のシェリーワインのタイプは、オロロソだったと思われます。

今では、シングルモルトと共にシェリーワインを愛しておりますが、まだまだシェリーについては勉強中です。
皆さんにはこの偶然でもあり、必要だったこの2人の出会いを楽しんでいただけたらと思います。


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この記事へのコメント
シェリーを飲む機会ってあまりないですねぇ
でも、おいしいシェリー樽熟成のモルトに出会った時などは「どんなシェリーが入っていた樽なんだろう?」って思いますね
一度、おいしいシェリー樽熟成のモルトとそれに使った樽に入っていたシェリーの飲み比べというのをしてみたいなぁ(^^)
Posted by モルト大好き at 2007年10月14日 13:13
ちなみに、以外と知られてない無い話としては、18世紀初頭にはスコットランド人が多数ヘレスに移住し、土地の有力者になっていた事も見逃せない点かと。

また、熟成に関しても実際は、18世紀にはワインや酒精強化ワインを帆船のバラスト代わりにして熱帯への長期航海した物が、時に20倍の値段が付いていた事からして貴族や富裕層の熟成に関する関心や知識は相当高いのは相当あったと見てもよいかと。

一番古い熟成に関する記事は1822年になりますが、その文中には・・・瓶の中には長い間樽の中で貯蔵され、瓶に移されてからも長く置かれたミルクの様にマイルドな、禁制の味の(モルト)ウイスキーが入っていたーの記述からしても明瞭に熟成の意志で置かれ、献上先のイングランド王ジェームス4世も知っていたのを考えると、実際は容器としての樽に詰められた熟成の浅い生活必需品としての庶民のウイスキーと熟成に回せる余力のある有力者の琥珀色の嗜好品的ウイスキーがあった様です。

以上の事からして、最近は発見は密造者かも知れないが、熟成の一般化は富裕層が固定化した様に思います。

どう考えても、メローなほうを貴族階級は好む傾向がつよいですしね〜。有力者でないと、密造品ゆえに没収される可能性が拭えない=長期熟成には向かないのもありますし。

そこら辺が、シェリーの空き樽を好んで使う一因ではないかと。
Posted by 赤枝騎士 at 2007年10月14日 15:49
モルト大好きさん>そうですねぇ~~一時良く使われていたのがキングスバリー社が出していたバルデスピノの樽を使っていたのが有名ですね。しかしバルデスピノ社は2つの会社に売却されてしまったので、今後はどうなるのかはわかりませんけどね。

赤枝騎士さん>そういう見解も否めないですよね~♪

確かに当時のイギリスの貴族は、やはりブランデーを好みメローな味わいの物を好んでいたことでしょうし、一部のスコットランド貴族もフランスとの関係も深かったことからそういったことも考えられますね。
そういえばこの前、NHKで世界史の番組をやっていてヨーロッパの貿易のことをやっいて、昔は嫌いだった世界史を思わず見てました(^^)
Posted by MASABAR at 2007年10月15日 06:55
こういう話は蒸溜所単位やスコッチ業界側だけで見ては理解できない事がおおいですね〜。

古い時代でも、経済(貿易)は細かい処まで繋がっていたのが良くわかりますね〜。調べれば調べる程に。

まっ、しかし今のほうが経済の実地勉強ですな。為替や燃料費に需要と供給・・・おかげで、モルトの値段上がりまくり。(T_T)
Posted by 赤枝騎士 at 2007年10月16日 23:01
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